人による外観検査 ― 212本の研究が示したこと
2012年、JE Seeは「Visual Inspection: A Review of the Literature(視覚検査:文献レビュー)」を発表しました。1950年代から現代までの212の文献を整理し、人間による視覚検査の特性と限界を包括的にまとめたものです。対象は核兵器検査でしたが、その内容は製造業を含むあらゆる外観検査に通じます。
視覚検査の重要性
視覚検査は「注意深く、批判的で、徹底的かつ綿密なプロセス」と定義されます。単に“見る”のではなく、集中力や記憶を総動員する作業であり、食品や航空、医療、空港、そして核分野といった高リスク領域で不可欠な品質管理手段です。欠陥の見落としは、不良流出だけでなく事故や人的被害にもつながります。
研究の主要な発見
レビューで一貫して示されたのは「人間の検査は不完全」という事実です。複雑なタスクではエラー率が20〜30%に達することも珍しくなく、その多くは見落とし(miss)でした。特に「欠陥率が低いと検出精度が下がる」「複雑な形状ほど精度が落ちる」といった特徴が繰り返し確認されています。
検査の仕組み ― 検索と決定
Druryの二段階モデルが紹介され、検査は
検索(Search):色やサイズなどの特徴を頼りに、どこを見るかを決める段階
決定(Decision):見えたものを「OK/NG」と判断する段階
の2プロセスに分けられます。ここに信号検出理論(TSD)が適用され、人間の感度やバイアスを定量化できることが示されています。
検査に影響する要因
レビューは影響因子を5つに整理しました。
タスク要因:欠陥率、欠陥タイプ、顕著性、複雑さ、検査時間、基準の明確さ
環境要因:照明、騒音、温度、時間帯、職場設計、休憩の有無
個人要因:経験、年齢、視野の広さ、検索戦略、性格やバイアス
組織要因:経営の支援、訓練と再訓練、指示とフィードバック、インセンティブ、ジョブローテーション
社会要因:生産部門からの圧力、孤立度、コミュニケーション
どれも検査の精度に直結し、特に「経営陣の姿勢」「フィードバックの質」「訓練方法」が大きな差を生むことが強調されています。
推奨事項
レビューは「検査員にもっと頑張れと言うだけでは意味がない」と結論づけました。必要なのは、
効果的な訓練と再訓練
系統的な検索戦略と複数回検査
適切な照明や補助具、装置設計
フィードバックとコミュニケーションの改善
といった環境・仕組みの改善です。比較的シンプルな変更でも、大きな成果(品質向上やコスト削減)が得られると指摘されています。
結論
JE See (2012) のレビューは、「人はなぜ見逃すのか」を科学的に整理し、改善の道筋を示しています。AIや自動検査を導入する際、この知見は「人の限界を理解した上で補完する」という立場を強く裏付けてくれます。
参考文献
See, J.E. (2012). Visual Inspection: A Review of the Literature. Sandia Report SAND2012-8590.